目次
1. アウトカムという概念の難しさ
アウトカム[1]とはいったい何なのでしょうか?
一般的にアウトカムは、「活動の結果として対象者や周囲に及ぼす影響」などと定義されることが多いようです。
しかし、アウトカムの概念定義は容易ではありません。何をもってアウトカムとするのかは人によってその解釈が異なることがあるからです。
例えば、学術論文をアウトプットとして勘定する人もいます。他方で、ひとつの論文を仕立上げるまでに、数々の実験やリサーチを積み上げたプロセスがあるのだからアウトカムであると言う人もいます。
企業でもアウトカムに関して見解が異なることがあります。
例えば、車の売上台数です。
ある米国の費用便益分析の授業において、先生は、政府との対比で車の売上台数はアウトプットであると説明しました。しかし、受講生から反論が出ました。「車を買うか、買わないかを決めるのはお客様で、企業のコントロールが及ばないところ。だから売上台数はアウトカムである」というものでした。おそらく受講生は企業勤務の経験があり、商品を売ることの難しさを知っていたのでしょう。他方、先生は、政府の政策がめざすのは、人々や地域社会などへのより大きな影響であるので、販売台数というような直近の成果とは異なると言いたかったのでしょう。
どちらが正しいのでしょうか。唯一の明快な回答はないのです。
私は次のように考えます。すなわち、販売台数、政策効果のいずれも、対象に及ぼす影響について必ずしもコントロールが及ばないという点でアウトカムであると思います。しかし、その影響の大きさや度合いが異なり、また影響が出るまでの時間も異なります。その意味で、販売台数は短期的なアウトカム、人々や地域社会への影響は長期的なアウトカムです。
先の例のように、何をもってアウトカムとするのかという点について解釈が分かれることがあります。アウトプットとアウトカムの境界が曖昧でそれを区別する絶対値や基準がないためです。そのため両者の間で様々な解釈がなされやすいのです。
2. ロジックモデルを用いて理解する
(1) ロジックモデルとは
ⅰ. 基本要素
アウトカムを理解するのに役立つのがロジックモデルです。
ロジックモデルとは、「事業を実施することによって目指す対象者や社会の姿とそこに至るプロセスを図で可視化したもの」です。
基本的な要素と順番は図表1の通りです。
[図表1] ロジックモデルの基本要素
ロジックモデルの基本要素は次の通りで、各要素は図表1に示された順番で並びます。
- インプット: 事業実施に必要な人、モノ、カネ、計画など
- 活動: 計画に沿って活動を実施するプロセス
- アウトプット: 活動を実施した結果で、計画通りに実施すれば得られるもの
- アウトカム: 活動の結果、対象者や周囲に及ぼす影響
- インパクト: 大規模な範囲での地域や社会への影響
インプットからアウトプットは事業実施者が計画通りに実施すれば実現するもので、その意味でコントロール可能な範囲です。
ところが、アウトカムやインパクトはコントロールが及びません。なぜならば、対象者に変化や影響が生じるかは対象者がどう感じるかに依るからです。
経営学の父と呼ばれたP.F.ドラッカーは「成果は常に組織の外にある」と述べていましたが、まさにこのことを指しています。
ⅱ. ロジックモデルのカタチ ~基本を守れば作り方は自由~
ロジックモデルのカタチですが、基本要素と順番を守れば自由に作ることができます。そのため様々なカタチのロジックモデルがあります。また、同じ事業であっても、作り手によってカタチが異なることもあります。
ではなぜロジックモデルを用いるのでしょうか。
図を用いて事業実施から目的に至るプロセスを可視化することで、考えを共有しやすくなるという利点があるからです。いくつもの言葉を尽くして理解してもらったと思っても、相手は異なるイメージを抱いているということが少なくありません。図を介して確認することでその振れ幅を縮めることが期待されます。また、文章にすると論理が飛躍してしまいがちなところも、ロジックモデルに描いてみることで気づきやすくなります。
(2) ロジックモデルの例でアウトカムについて考える
シンプルなロジックモデルの例を用いてアウトカムについて考えてみましょう。図表2は300人を対象に歯科衛生に関する講習を実施する事業のロジックモデルです。
ロジックモデルに沿って事業を説明してみます。
「インプット」は、計画を練り、会場を押さえ、講師を選定し、資料作成の準備をし、これらに必要な予算やスタッフを配置することです。
「活動」は、300人の受講者を集め、予定通りに講習を実施することです。
計画通りに講習が実施された場合、「アウトプット」は300人の受講者、講義時間、300冊の配布資料となります。
「アウトカム」は、受講者の理解度、さらには歯磨きなどの行動変化です。
[図表2] 歯科衛生の講習に関するロジックモデル
図表2を用いてアウトプットとアウトカムについて考えてみましょう。
アウトプットまでは、主催者が計画通りに実施すれば、ほぼ得られる結果です。すなわち、主催者のコントロールが及ぶ範囲です。
ところが、受講者が講習の内容をどの程度理解したのかは相手によってまちまちです。受講者の興味や知識量によって理解の度合いが異なるでしょう。そこは主催者のコントロールが及びません。そして、得られた知識をもとに歯磨き等の行動に移すかどうかは、さらに受講者に依存するところとなります。虫歯に悩んでいる受講者であればすぐに行動に移すかもしれませんが、自分は健康だと思う受講者であればなかなか行動に結びつかないかもしれません。主催者にしてみれば、さらにコントロールが難しくなります。
では、なぜアウトカムを目指さねばならないのでしょうか。
3. 何故、アウトカムをめざすべきなのか?
歯科衛生講習は虫歯や歯茎の疾病を予防するために行われたもので、アウトカムの成果をめざしています。そのためには受講した人々が、講習の内容を理解して、正しい歯磨き行動や食習慣を身に着けてもらう必要があります。
しかし、主催者からみれば、300人もの受講者を集め、予定通りに事を運ぶのは大変なことです。そのため予定通り300人の受講者を集めたことで満足してしまいがちです。しかし、それはアウトプットに安住してしまうことを意味しています。
ドラッカーは米国の様々な非営利組織とそれを支えるボランティアに着目し、米国社会の最大の強みのひとつであると述べています。そして、非営利組織のことを『人間変革機関』と呼びました。
「社会セクターの組織は人間そのものを変えることを目的とする。学校が生み出すものは、何かを学んだ学生である。病院が生み出すものは、治癒した患者である。教会のそれは、人生観の変わった信者である。社会セクターの組織の目的は、人々の心身の健康を生み出すことである。」(P.F.ドラッカー著『未来への決断』ダイヤモンド社 1995: pp.285-286)。
ここでは学校や病院など比較的規模の大きな非営利組織が例示されていますが、後の著書でホームレスのためのシェルターや子どもクラブについても同様に述べています。肝要なのは、非営利組織の活動に参加し、サービスを受けた人がより良い状態に変わってゆくことです。その様子に感心したドラッカーは、非営利組織には人を変える力があると述べているのです。
ドラッカーの『人間変革機関』とは、まさに、対象者のプラスの変化というアウトカム成果を生む組織のことです。人々の生活の質を向上させ、社会を変えてゆくという意味で、非営利組織はアウトカムを目指すべきなのです。それは非営利組織のミッションと言ってもよいでしょう。
[1] エクセレントNPO基準では、基準8(注1)においてアウトカム目標を尋ねています。エクセレントNPO大賞を開始した2012年当初、この言葉への馴染みは薄く、あえてアウトカムという言葉を用いませんでした。しかし、最近では随分多用されるようになり、私たちも用いることにしました。
*注1: 基準8=「組織は事業を予定通り実施したことだけでなく、事業の対象(人および自然環境など人以外のものも含む)へのプラスの影響や変化を成果として目指していますか(アウトカム目標)」
[後半に続く]