担当主査 山岡義典(日本NPOセンター顧問)
まず結論を言えば、当初予定の1件の大賞は5件の奨励賞とすることにした。多様な性格のNPOを、一つの軸で評価することは難しいと判断したためである。
今回、東日本大震災復興支援賞では42件の応募を審査対象とした。うち1件は、一般に応募のあったものを東日本大震災復興支援賞にも該当すると判断したものである。42件の内訳は、下表の通りである。
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15件は被災3県に存在する現地NPO(A)で、内8件は震災前から活動しているもの(A-1)、7件は震災後に活動を始めたもの(A-2)である。42件のうち27件は被災3県外からの応援NPO(B)で、内18件は震災前から活動しているもの(B-1)、9件は震災後に活動を始めたもの(B-2)である。組織基盤として見ればB-1が最も強固であり、A-2は最も脆弱である。B-2やA-1は個々の事情によっても異なるが、一般に組織的にはそれほど強い基盤をもっていない。従って、これらの性格の異なる4種類の団体を同じ評価軸で審査することはできない。そのため、4種類のNPOから、それぞれの視点で候補団体を選び、それらの中から最終的に5つのNPOを選出し、そのすべてを奨励賞とすることにしたのである。
A-1(現地・被災前)は、直接被災地にあって自ら被災し苦難の中から懸命の努力によって再建を果たしてきた自助型とも呼ぶべき団体と、被災地の周辺にあって直接的な被害はなく、これまでの活動実績の強みを生かして活躍する支援型とも呼ぶべき団体に分けられる。前者は、当然ながら後者に較べると組織基盤は極めて脆弱で、活動も不安定である。しかし再生への物語は感動的ですらある。エクセレントNPOの基準から言えば、あるいは影響力から言っても後者の評価が高くなるが、東日本大震災復興支援賞としての評価では敢えて前者を優先することにし、その中から被災後の活動内容や情報発信の活発さを基準に、ネットワークオレンジ(宮城県気仙沼市)とMMサポートセンター(福島県南相馬市)を選ぶことにした。ネットワークオレンジは、障害をもつ子どもたちのデイケア組織であるが、津波によって2つの施設が壊滅した。にもかかわらず、被災12日後から事業を再開、その後に「気仙沼みらい創造塾」を立ち上げて活躍している。MMサポートセンターは南相馬を拠点とする発達障害児支援の団体でるが、原発事故によって通所者エリアの殆どが避難区域になり、子どもたちも各地に散っていった。拠点も名取市へ移転を余儀なくされ、その中で各地に散った子どもや家族と電話で連絡をとり、また車で訪問するなど、地道ながら弛まぬフォローを続けている。
A-2(現地・被災後)も直接被災地にあって自ら被災し苦難の中から立ち上げた自助型ともいうべき団体と、直接的に被災したわけではないが被災地に近いところから応援する支援型の団体に分けられる。前者には多くの魅力的な団体が誕生しているものの、組織としての未成熟さなどもあり、今回の審査では、後方支援で圧倒的な強みを発揮してきた後者の遠野まごころネット(岩手県遠野市)のみを推薦することにした。遠野まごころネットは、遠野市を拠点に地元のNPOや社会福祉協議会が中心になり、各地から駆け付けたNPO/NGOとも連携して被災直後に立ち上げた組織で、地の利を生かして三陸海岸の被災地の救援や復興に幅広く取り組んでいる。
B-1(応援・被災前)には、この10数年の間に全国で育った先駆的な団体が数多く登場しており、その多くは一般にも応募している。いずれもがエクセレントNPOとして高く評価され、差をつけるのが難しかった。しかしその中でも特に、ゆめ風基金(大阪市)とセカンドハーベスト・ジャパン(東京都)を推薦することにした。ゆめ風基金は、阪神・淡路震災における障がい者救援活動を起点に、その後の3県の被災現場で継続的に救援・生活再建に資金面から取り組んできた団体で、その組織力においても活動の社会的戦略性においても現地団体との関係性においても、他の及ばない力量を発揮している。セカンドハーベスト・ジャパンは、賞味期限内にありながら何らかの理由で流通できない食品を福祉施設や貧困者に配分するフードバンク組織で、米国出身者が日本で最初に立ち上げた。広範な企業等とのネットワークを築いてきており、その実績を生かした被災地での救援活動と、その活発な情報発信は、まさにエクセレントNPOに相応しいものといえる。
B-2(応援・被災後)は、日本各地のさまざまな志がユニークな活動を生みだしており、それ自体に日本の市民社会の重要な一側面をみることが出来る。しかし今の時点での評価の軸が見当たらず、苦しんだ。救援期の活動には目を見張るものがあるものの、組織力の点などからも生活再建期の持続的な活動への展開が見えてこないものも多かった。結局、このカテゴリーからは推薦に至らなかった。